【連載エッセイ】夫は仕事ができません!【Vol.016『おいたんを構成するモノ③神様』】

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 おいたんは、昔はそこまで信心深い人間ではなかったらしい。

 若い頃のおいたんは、良くない仲間に引き回されて、飲みに遊んだり、喧嘩っ早かったり、そんな荒んだ生活をしていたらしいです。

 そんなある日、おいたんが駅前に停めていたバイクに何かが乗せてある。

「何だ? 本???」

 おいたんはその物を手に取りました。すると、それは『聖書』でした。

 誰が? 何のために? どうしておいたんのバイクに聖書を乗せたのか。

 おいたんは、その聖書に何か運命的なものを感じ、3回も読破したそうです。そこから、おいたんの『神様ライフ』が始まりました。

 おいたんが信じている神様は、キリスト教系のものだけではありません。日本の八百万の神様も信じますし、仏教の教えも学びました。神道の本も、祝詞の本も読みました。もちろん、聖書関連の本も沢山読みました。

 それから、霊界の本も沢山読みました。臨死体験や、あの世の事が書いてある本を沢山読みました。

 時には、怪談やオカルトちっくな本も読みました。

 今、無雲とおいたんの部屋には、キリスト様の祭壇と天照大御神の祭壇が混在しています。

 毎日、おいたんは祈ります。私も祈ります。

 私はよく言います。

「おいたん、今は辛い事が多いけどさ、真面目にやってれば神様は見ていてくれるよ。その内良い事あるよ」

 おいたんはよく言います。

「死んでからが本番だ。あの世で穏やかに暮らすには今が重要なんだ」

 そんなおいたんが、過去に一度だけ全ての神様関連のものを捨てようとした事があります。それは、産廃業者としては3社目の会社を「作業が遅い」でクビになった時でした。

「神様に毎日祈ってたって、良い事なんかないじゃないか! 神様に祈ったって無駄なんだ!」

 50歳を過ぎた大の男が半泣きで聖書を捨てようとしているのです。無雲はおいたんにこう諭しました。

「おいたん、聖書は捨てちゃいけないよ。神様に祈る事も止めてはいけないよ。だって、もしかしたらこれがいい方向に向かうかもしれないじゃない。神様への気持ちを、捨てちゃダメだよ」

 おいたんは、神様関連のものを捨てるのを止めました。そして、それからも神様に祈り続けています。

 おいたんにとって、『あの世』の存在は心の糧なのでしょう。「もう二度と生まれ変わりたくない」は私達夫婦が揃って口にする言葉です。

 無雲も、おいたんも現世ではとても苦しい思いをした。楽しい事もそりゃあるけど、辛い事が多かった。もう、生まれ変わりたくない。それには、現世で修業を終わらせて霊界への切符を手にしなければいけない。

 おいたんも無雲も、特定の宗教に属しているわけではありません。どこにも所属してない。ただ、自分たちの部屋に祭壇を作って、祈っているだけ。

 そこら辺の神社仏閣にも行きますし、教会にも行きます。それは、観光客としてです。

 でも、お祈りをする姿はガチのものです。おいたんは、婚前旅行で行った長崎の教会で、「教会関係者さんですか?」とシスターに間違われるほどキリスト教に詳しかった……。

 今は世界遺産になった大浦天主堂で、無雲は神様に「おいたんと結婚できますように」と強く祈りました。その結果、おいたんと結婚できました。

 おいたんも無雲も、誰かに神様への信仰を誘ったりする事もありません。ただ、自分たちが祈れて、心が落ち着けばいいのです。

 死生観というのは、人それぞれ違います。『宗教』、『文化』、『価値観』によって千差万別です。だから、人の死生観を否定する事もしません。だから、無雲とおいたんの死生観も否定しないで欲しい。

 無雲の望みは、霊界でのんびり暮らしながら、無雲は恋のキューピッド、おいたんは宮廷画家として働いて暮らす事です。

 そう思うと、死は怖いものではなくなります。と、同時に、霊界への切符が奪われて、むしろ地獄に落とされる『自殺』はしないようにしようと思うようになりました。

 無雲は、度々希死念慮に襲われる人間です。それでも、最後の一歩を踏み出さないのは、霊界に行きたいからです。おいたんとあの世で永遠に平和に暮らしたいからです。

 一人の人間の自殺を止めている。

 その事実だけでも、おいたんの神様への想いは無雲を助けているのです。

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